2016年10月05日

アシュタンギとして。

元整体師として、体を良くしたいという思いから出る言葉は、前回のブログのような内容です。
他方では、僕は整体師を離れてアシュタンギでありたいと思っています。アシュタンギとしては、まったく別のヨガをしていると言えます。正直に言って、体を良くしようなんて考えていません。決して悪くなってもいいやとも思っていませんが。

アシュタンガヨガを始めて何年かは、というか結構最近までは、とにかく多少無理してでもアーサナが思い通りにできることがすべてでした。それこそが喜び。全身隈なく意識が行き渡り、思い描くアライメントにきっちり収まり、呼吸と共に動いていなくても、パワーでフワリと体を持ち上げてみたり、なんかカッコいいという想いにしがみついたようなヨガ。それってちょっと違うんちゃう?と分かっていても、自分の理想ばかり追い求めていました。

でも、やっぱり。
やっぱり違うんですよねー。
ちゃんとヨガを学び、実践を通して自分と向き合っていると、自分のやっていることはアシュタンガ風エクササイズにすぎないな、と気づきます。こういうことは、きっといろんな過程を経て、自分の準備が整わないと分からないことだと思う。どれだけ立派な教えを授かろうと。少し前の自分なら、「分かるよ、分かるけどそれはただの理想だよね」と鼻で笑っていたことが、なんだか少しずつ受け入れられるようになってきたんです。
それからです。少しずつ練習の質が変わってきたのは。理想を追い求めるようなことはなくなりました。向上心がなくなったわけではありません。今でもチャレンジすることは大好きです。理想のアーサナめがけて、今の呼吸を蔑ろにしてまで、もっともっとと鼻息荒くがんばることをしなくなっただけです。以前はやってました。「呼吸しなけりゃできるんだけどね、へへへ」なんてやり方で。

いつものように、良かったときのようにできない自分にガッカリすることも、失望することもなくなりました。その時の自分が呼吸とともに、集中を切らさずにやれることをやったなら、アーサナの完成度や形のことで落ち込む必要なんてない。もっと言えば、がんばれない日があっても、やれることすらできない日があっても、ちゃんとそれに気づいてさえいられれば、それでいいのだと思うようになりました。

そうやっておこなう練習は、シャバーサナが終わった後、「今日もいい練習したー、気分いいぞー」って常に思えます。
そうでないと、70歳、80歳でヨガを楽しめないですからね。


1つ1つの呼吸を、1つ1つのアーサナを紡いでいくことに集中して、アシュタンガヨガを続けていきたいです。


あなたは今がすべてっぽいね。
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クラス休講のお知らせ

10月13日(木)
『アシュタンガヨガ mysore 』

よろしくお願いします。



10月のレッスンスケジュール
札幌市のヨガ教室 スタジオミガク
posted by スタジオミガク at 14:41| スタッフ日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする