2017年05月15日

長過ぎんねん

ちょうど1年前に、僕の先生となる人に出会えました。連休中に岡山に来ていたナンシー先生です。
その時の興奮を今でも覚えています。アシュタンガヨガにはずっと前に出会っていたのに、なぜナンシー先生との出会いにこれほどまでに揺さぶられたのか。それはもう何度も書いていることですが、2つのことがありました。
1つは、「アシュタンガヨガは誰にでもできると分かった」こと。
もう1つは「グルジ(故パタビジョイス氏)が伝えようとしていたアシュタンガヨガを初めて少し分かった気がした」こと。

恐らくですが、「できないアーサナをどうやったらできるようになるか」とか「どうやったらもっと深くアーサナをできるか」、そういうテクニックを楽しみたい人は、ナンシー先生に会っても何も感じないかもしれない。それが良いとか悪いとかではなくて、単純に求めているものの違いです。テクニックを教わるなら、他にもっと優れた先生はいます。


ナンシー先生に出会った数ヶ月後、僕はヴェーダンタのイントロダクションを学ぶ機会を得ました。そこで感じたことは、「グルジの伝えようとしていたアシュタンガヨガは、ヴェーダンタで教えていることそのものではないか」ということでした(※ ヴェーダンタの教えは完全なる知識なので、アシュタンガヨガのように行いを伴うものではありません。その知識を得るための考えの成長には、行いを道具とした生き方が必要です)。ナンシー先生が教えてくれたアシュタンガヨガが、自分の中でストンと腑に落ちた感じがした瞬間です。

ヴェーダンタの教えるゴールである「モークシャ」は、求めることからの自由です。完璧な自己受容のことです。別の言い方をすれば「私は足りていないというセンス」からの自由です。完璧な自己受容なんて、常人じゃあたどり着けない境地のように感じます。そこまでは至らなくても、もう少し自己受容をなし得たいとは思います。

アシュタンガヨガを始めた頃、「練習前にストレッチをするな」と教わりました。なぜ?と疑問に感じましたが、誰もそれを教えてくれる人はいませんでした。
ナンシー先生は、余分な呼吸・余分な動きをなくしなさい、と教えます。
それらの教えはどれも、自己受容のことじゃないでしょうか。
ストレッチをしたり、余分な呼吸や余分な動きをして、より深いアーサナを目指すのは、それをしないでする自分のアーサナを受け入れられないから。足りてないと思っているから。深いアーサナ・美しいアーサナじゃない自分をダメだと思っているから。自分の思う完璧なアーサナじゃないと満足できないから。誰かのイイね!が欲しいから。
現代のアシュタンガヨガだと、できないアーサナがあると次には進ませてもらえないから、そうなってしまう気持ちも分かります。
だけど、そのどこにも自己受容はありませんよね。

「ストレッチしてからじゃないとケガするし」という人がいますが、それは違うと思います。もしそういう恐れがあるなら、ストレッチをするように慎重に丁寧に太陽礼拝をすればいいだけです。どれだけ膝を曲げようと、両手を膝にあてようと、格好なんか気にする必要ないです。自分のヨガなんだから。
ただ、自分のヨガを勘違いしてはいけないと思います。自分のヨガとは、ただただ自分に都合の良いヨガではありません。アシュタンガヨガをする上で大切なことは押さえつつ、そこから自分に正直に素直に向き合うことが必要です。

ヨガには八支則というものがあります。その支則の1つにヤマ【勧戒】があり、ヤマは5つから成ります。その中にサティア(正直)とアパリグラハ(不貪)があります。
もう1つの支則には二ヤマ【禁戒】があり、二ヤマも5つから成ります。その中にサントーシャ(知足)があります。
なんとなく、サティヤもアパリグラハもサントーシャも同じようなことを言っているように思います。完璧な理想のアーサナを求めて、自分の現状を無視して(正直にならず)、自分のアーサナを足りないと思い(足ることを知らず)、もっともっとと深めることに躍起になる(無い物を求める)。

そんなヨガ、しんどくないですか?
理想的じゃない自分はダメですか?

いつも「いま呼吸と共にできることをやればいい」と言いますが、その背景には以上のような考えがあります。
どこかが痛む・調子が悪いと感じたなら、「ヨガをしない」という選択ではなく、そのときの自分に正直になって、痛まないところまでをする。足りなくないです。理想と違ってもそれで十分です。そんな自分のことも受け入れられるようになりたいものです。

上記のことは「そうしなければならない!」ってわけではありません。筋骨格系を強く・柔らかく育てるばっかりじゃあちょっとなぁ、って思うときがきたら、アシュタンガヨガをこんな考えを元に取り組んでみてはどうでしょうか、って話です。
なんとなく、こういうことを知った上で、自分の行動に隠された本心に気づいて欲しいなぁと思うことがあるので、書いてみました。


※ 自己受容と甘えは違いますぜ。
二ヤマの1つにタパス(苦行!)というのがあります。解釈はいろいろでしょうが、文字通り受け取れば、甘えるわけにはいかなさそうです。その塩梅は自分で見つけましょう。

※ 八支則のことを「アシュタンガ・ヨガ」といいます。
僕らがやってるのは、正確には「アシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨガ」です。


あー、長い。
もっと簡潔に書けないものかね。




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posted by スタジオミガク at 00:51| Comment(4) | スタッフ日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする