2017年05月26日

大義名分

ヨガで大切なことは自分を観ること。
よくある例えですが、湖に自分を写して見たとき、波一つない穏やかな湖面であれば、正しい自分の像を見ることができます。波打った湖面に写る自分の像は大きく歪んで、正しく見ることができません。

アーサナをして、辛いとき、苦しいとき、痛みがあるとき、不安があるとき、恐れがあるとき、呼吸は乱れ湖面は波打ち、正しく自分を見ることができなくなる。
考えごとをして、今に集中できていないとき、そもそも自分を観れていません。
強欲になってアーサナを深めようとするとき、他人の目を意識してただ美しさのみを求めるとき、いずれも自分は見えていません。

湖面の波は心の揺れ。
それを鎮めるのは呼吸であり、ドリシティだったりするのだろう。
心の揺れを鎮める練習としては、辛い・苦しい・不安になるような・恐怖を感じるアーサナにも(その人に合った程度で)取り組んだ方が自分のためになると思う。
痛みがあるとき、心が揺れないようなやり方を見つけること、程度を知ることが大切。

今日あった嫌なこと、この後待ってる不安なこと、そんな過去や未来に捉われているときこそ、呼吸と体を整え自分を見つめるようなヨガが助けになってくれると思う。

他人や自分を取り巻く世界を、それまで作り上げたフィルターを通して見るのは普通のことと思います。でもそれは、湖の水が濁った状態であるのと同じこと。フィルターは自分も他人も世界も色づけし、本来の姿を見せてはくれません。
好き・嫌い・得意・苦手など、アーサナに対するフィルターを除去したいものです。分け隔てなくどんなアーサナにも素直に向き合い、余計な思考に入り込ませる余地を与えないくらい集中する。そのツールはやっぱり呼吸・ドリシティ・バンダなのかなぁと。

どこまでアーサナを進めているか、アライメントがどうか、そんなことは些細なことなんだと思います。


そんなわけで、辛いアーサナのカウントが長くてもブーブー言わないでね。波を鎮める練習の時間を長くとるのは愛情ですよ。できないアーサナをもう一回やらせるのも愛情!呼吸ができてないうちは先に進ませないのも愛情ですともー。


【大義名分】
意味 : 行動のよりどころとなる正当な理由。「―が立つ」


フハハハハハハハーーーッ!!




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札幌市のヨガ教室 スタジオミガク
posted by スタジオミガク at 09:23| Comment(0) | スタッフ日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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