2017年05月28日

LIFE

考えごとをしていたとき、確かバガヴァッド・ギーター(インドに伝わる聖典)にこんなこと書いてたよなー、と思い出しました。
不勉強なものでどこにそれが書いてあるのかを見つけるのに時間がかかりましたが、なんとか辿り着きました。


アルジュナよ、執着を捨て、
成功と不成功を平等のものと見て、
ヨーガに立脚して諸々の行為をせよ。
ヨーガは平等の境地であると言われる。
(第2章 48)


グルジが伝えようとしていたアシュタンガヨガと現代に広く親しまれているアシュタンガヨガ(全てではないにせよ)は、武道と格闘技の関係性のように感じます。

格闘技は、スポーツとかエクササイズ。
武道とは、技だけではなくて生き方とか在り方。


ま、堅苦しい話ですがね。
でも、ヨガが成熟するとはそういうことだと思います。




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2017年05月26日

大義名分

ヨガで大切なことは自分を観ること。
よくある例えですが、湖に自分を写して見たとき、波一つない穏やかな湖面であれば、正しい自分の像を見ることができます。波打った湖面に写る自分の像は大きく歪んで、正しく見ることができません。

アーサナをして、辛いとき、苦しいとき、痛みがあるとき、不安があるとき、恐れがあるとき、呼吸は乱れ湖面は波打ち、正しく自分を見ることができなくなる。
考えごとをして、今に集中できていないとき、そもそも自分を観れていません。
強欲になってアーサナを深めようとするとき、他人の目を意識してただ美しさのみを求めるとき、いずれも自分は見えていません。

湖面の波は心の揺れ。
それを鎮めるのは呼吸であり、ドリシティだったりするのだろう。
心の揺れを鎮める練習としては、辛い・苦しい・不安になるような・恐怖を感じるアーサナにも(その人に合った程度で)取り組んだ方が自分のためになると思う。
痛みがあるとき、心が揺れないようなやり方を見つけること、程度を知ることが大切。

今日あった嫌なこと、この後待ってる不安なこと、そんな過去や未来に捉われているときこそ、呼吸と体を整え自分を見つめるようなヨガが助けになってくれると思う。

他人や自分を取り巻く世界を、それまで作り上げたフィルターを通して見るのは普通のことと思います。でもそれは、湖の水が濁った状態であるのと同じこと。フィルターは自分も他人も世界も色づけし、本来の姿を見せてはくれません。
好き・嫌い・得意・苦手など、アーサナに対するフィルターを除去したいものです。分け隔てなくどんなアーサナにも素直に向き合い、余計な思考に入り込ませる余地を与えないくらい集中する。そのツールはやっぱり呼吸・ドリシティ・バンダなのかなぁと。

どこまでアーサナを進めているか、アライメントがどうか、そんなことは些細なことなんだと思います。


そんなわけで、辛いアーサナのカウントが長くてもブーブー言わないでね。波を鎮める練習の時間を長くとるのは愛情ですよ。できないアーサナをもう一回やらせるのも愛情!呼吸ができてないうちは先に進ませないのも愛情ですともー。


【大義名分】
意味 : 行動のよりどころとなる正当な理由。「―が立つ」


フハハハハハハハーーーッ!!




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2017年05月24日

daily practice

岡山から帰ってきて、アシュタンガヨガをより好きになりました。行ったことで何かができるようになったわけではありません。でも日々の練習・クラスがなーんか楽しいんだよなー。
体調の良い日もあれば、どこかが痛む日もあります。いつもよりめっちゃ体も気持ちも重いときもあります。スムーズな呼吸の日もあれば、花粉症の影響でおかしな呼吸になることもあります。
でもどんなときでも、その日できることをちゃんとやろう、と練習しています。毎日練習していると、できないこと・辛いことに対する気持ちが変わるように思います。苦手意識が和らぐと言うか。それが和らぐと、苦手なアーサナの2〜3個前のアーサナから「ああ…もうそろそろ奴がやってくる…」って先を見てちょっと恐れてしまう僕の悪い癖も和らぎます。できる・できないは別にして、ちゃんと集中が続くのです。その結果…

「今日もいい練習したー!」

って爽快な気分で練習を終えられます。

あと、練習仲間ができた(と勝手に思ってる)からかもしれない。広島や岡山・大阪・東京・北海道にも似たような価値観を持った人が、同じようにアシュタンガヨガを練習している。この人たちにはまたどこかで会えるだろう。そう思うと楽しくなってくる。毎年インドのマイソールに行く人たちも同じような感覚なのかな。


今日もいい練習ができました。


そういえば。
恵子先生が旭川入りしました。
来週はついに札幌です!




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2017年05月22日

分からない

僕は「分からない」ことがあるのは、喜ぶべきことだと思っています。分からないからこそ知りたいし、分かりたい。調べて分かることなら調べる。調べても分からなければ、分かる人に聞きに行く。
ヨガをしていると、分かる人に聞いたところでそれがすべてクリアになるわけではないことを知っています(ヨガに限らないですけど)。それはもう実践を繰り返して、自分で見つけるしかない。でも、見つけて分かったと思ったことは、分かったつもりになっているだけで本当は分かっていなかったりもする。発見を再発見する。正解が何かなんて多分どうだって良くて、探求と発見&再発見、そのエンドレスの繰り返しを楽しんでいるだけです。僕は。

この前のブログの「自己受容」と「甘え」について、メールでこんな風に書いてくれた人がいました。

「自己受容と甘えの塩梅、難しいですね。
自分に素直に正直にと思っているようで、実は言い訳したり甘えてしまうことが多々あります…。
ん?これはどっちだ?と、やっと最近感じられるようになりました。
バランスが難しい、でもこれはその日その時の状態に集中して自分で見極めていくしかないんだなと思います。」

勝手に載せてごめんなさい。
僕も同じように思っています。「これはどっちだ?」と疑問に思うこと自体が大切なことじゃないでしょうか。そういう視点を持つこと。視点すらなかったら見極めようがありません。

分かってる人なんていない。ナンシー先生だっていまだに探求を続けているんだから。
実践者とは、分からないことを知る人、その探求を止めない人のことだと思います。


分からないことは、嘆くことではないと思ったのでした。




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2017年05月19日

君のことは待ってない。

スタジオの庭にはいろんな花が咲きますが、僕が一番好きなのは、この林檎の花です。
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さくらんぼのデカい木に隠れて見えづらいですが、豪快に咲いています。
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すくすく育ってます。
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雑草が…泣
待ってなくても彼等は必ず現れる。


これを残してくれた院長先生と、ここを使わせてくれている大家っちに感謝です。
ありがとうございます。




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2017年05月18日

待ちます。

うちのさえさんを散歩に連れて行くときは、部屋から表の歩道まで、抱っこしていきます。
ここしばらく、抱っこから下ろすと、彼女は1〜3分間一歩も動かずボーっとします。以前は付き合いきれずに、すぐに「行くよ〜」とリードを引いたりしていたのですが、最近は自発的に歩き出すまで待てるようになりました。

小さい子を連れたお母さんは、僕から見たら何してるかよう分からんけど道端でしゃがみこんで何かを眺めている子どもを、のんびりと待っていたりします。ときにはにこやかな表情で。それを見た僕は、よう待ってられるなぁと感心したものです。逆に「きーーーっ」ってなってるお母さんの気持ちも分かるけど。

創意工夫をして、楽しませて、子どもが長く止まらないように歩き出させるやり方は、素晴らしいと思います。でも同じくらい、待てるということも素晴らしいと思う。
…とか言って、時間の余裕があるときにほんの少しばかり待てるようになった程度で自画自賛。


散歩の途中でここまでリラックスされると笑っちゃうけど、促します。
もう行こうと。
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待つという楽しみもあります。
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庭の奥で密かに八重桜が満開。




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2017年05月15日

長過ぎんねん

ちょうど1年前に、僕の先生となる人に出会えました。連休中に岡山に来ていたナンシー先生です。
その時の興奮を今でも覚えています。アシュタンガヨガにはずっと前に出会っていたのに、なぜナンシー先生との出会いにこれほどまでに揺さぶられたのか。それはもう何度も書いていることですが、2つのことがありました。
1つは、「アシュタンガヨガは誰にでもできると分かった」こと。
もう1つは「グルジ(故パタビジョイス氏)が伝えようとしていたアシュタンガヨガを初めて少し分かった気がした」こと。

恐らくですが、「できないアーサナをどうやったらできるようになるか」とか「どうやったらもっと深くアーサナをできるか」、そういうテクニックを楽しみたい人は、ナンシー先生に会っても何も感じないかもしれない。それが良いとか悪いとかではなくて、単純に求めているものの違いです。テクニックを教わるなら、他にもっと優れた先生はいます。


ナンシー先生に出会った数ヶ月後、僕はヴェーダンタのイントロダクションを学ぶ機会を得ました。そこで感じたことは、「グルジの伝えようとしていたアシュタンガヨガは、ヴェーダンタで教えていることそのものではないか」ということでした(※ ヴェーダンタの教えは完全なる知識なので、アシュタンガヨガのように行いを伴うものではありません。その知識を得るための考えの成長には、行いを道具とした生き方が必要です)。ナンシー先生が教えてくれたアシュタンガヨガが、自分の中でストンと腑に落ちた感じがした瞬間です。

ヴェーダンタの教えるゴールである「モークシャ」は、求めることからの自由です。完璧な自己受容のことです。別の言い方をすれば「私は足りていないというセンス」からの自由です。完璧な自己受容なんて、常人じゃあたどり着けない境地のように感じます。そこまでは至らなくても、もう少し自己受容をなし得たいとは思います。

アシュタンガヨガを始めた頃、「練習前にストレッチをするな」と教わりました。なぜ?と疑問に感じましたが、誰もそれを教えてくれる人はいませんでした。
ナンシー先生は、余分な呼吸・余分な動きをなくしなさい、と教えます。
それらの教えはどれも、自己受容のことじゃないでしょうか。
ストレッチをしたり、余分な呼吸や余分な動きをして、より深いアーサナを目指すのは、それをしないでする自分のアーサナを受け入れられないから。足りてないと思っているから。深いアーサナ・美しいアーサナじゃない自分をダメだと思っているから。自分の思う完璧なアーサナじゃないと満足できないから。誰かのイイね!が欲しいから。
現代のアシュタンガヨガだと、できないアーサナがあると次には進ませてもらえないから、そうなってしまう気持ちも分かります。
だけど、そのどこにも自己受容はありませんよね。

「ストレッチしてからじゃないとケガするし」という人がいますが、それは違うと思います。もしそういう恐れがあるなら、ストレッチをするように慎重に丁寧に太陽礼拝をすればいいだけです。どれだけ膝を曲げようと、両手を膝にあてようと、格好なんか気にする必要ないです。自分のヨガなんだから。
ただ、自分のヨガを勘違いしてはいけないと思います。自分のヨガとは、ただただ自分に都合の良いヨガではありません。アシュタンガヨガをする上で大切なことは押さえつつ、そこから自分に正直に素直に向き合うことが必要です。

ヨガには八支則というものがあります。その支則の1つにヤマ【勧戒】があり、ヤマは5つから成ります。その中にサティア(正直)とアパリグラハ(不貪)があります。
もう1つの支則には二ヤマ【禁戒】があり、二ヤマも5つから成ります。その中にサントーシャ(知足)があります。
なんとなく、サティヤもアパリグラハもサントーシャも同じようなことを言っているように思います。完璧な理想のアーサナを求めて、自分の現状を無視して(正直にならず)、自分のアーサナを足りないと思い(足ることを知らず)、もっともっとと深めることに躍起になる(無い物を求める)。

そんなヨガ、しんどくないですか?
理想的じゃない自分はダメですか?

いつも「いま呼吸と共にできることをやればいい」と言いますが、その背景には以上のような考えがあります。
どこかが痛む・調子が悪いと感じたなら、「ヨガをしない」という選択ではなく、そのときの自分に正直になって、痛まないところまでをする。足りなくないです。理想と違ってもそれで十分です。そんな自分のことも受け入れられるようになりたいものです。

上記のことは「そうしなければならない!」ってわけではありません。筋骨格系を強く・柔らかく育てるばっかりじゃあちょっとなぁ、って思うときがきたら、アシュタンガヨガをこんな考えを元に取り組んでみてはどうでしょうか、って話です。
なんとなく、こういうことを知った上で、自分の行動に隠された本心に気づいて欲しいなぁと思うことがあるので、書いてみました。


※ 自己受容と甘えは違いますぜ。
二ヤマの1つにタパス(苦行!)というのがあります。解釈はいろいろでしょうが、文字通り受け取れば、甘えるわけにはいかなさそうです。その塩梅は自分で見つけましょう。

※ 八支則のことを「アシュタンガ・ヨガ」といいます。
僕らがやってるのは、正確には「アシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨガ」です。


あー、長い。
もっと簡潔に書けないものかね。




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2017年05月12日

進む

以前、テレビか何かでチラッと見ました。
随分昔の番組らしく、内容はまっく知らないのですが、主題歌のメロディーだけは何となく浮かびます。
どんな歌詞なんだっけ?と検索しました。
なんかいいですね。
一部紹介します。


『ひょっこりひょうたん島』

丸い地球の 水平線に
何かが きっと 待っている
苦しいことも あるだろさ
悲しいことも あるだろさ
だけどぼくらは くじけない
泣くのはいやだ 笑っちゃおう
進めーーーっ



笑おう。
進もう。

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2017年05月10日

派生

ボロい宿に泊まると、話のネタができてオモロいということが分かった岡山遠征。
冷蔵庫とか蜂とか、隣の赤ちゃんとか。
機会があればお話します。


「そうやって派生していくのか」という話。

例えば(何言ってるかさっぱり分からん!という人にはごめんなさい)こんなこと。

セカンドを実践している人が、プライマリーのスプタ・クルマーサナをするとき、クルマーサナから一旦起き上がって、座った状態でドゥウィ・パダ・シルシャーサナになってから、マットに頭をおろしてスプタ・クルマーサナをするシーンをよく見ます。
あるときナンシーがそれを見て、グルジに「私はあのようには習っていないけど、あのやり方はどうなんですか?」と質問をしたところ、「あのやり方は間違えている」と答えたそうです。
「間違えているなら、なぜそれを教えないんですか?」と聞いたら、「あいつが(そのやり方が正しいかどうかを)聞きに来ないからだ」と。
岡山のワークショップでは、「なんてインド人的な考えなんだ、と思った」と笑いながら話していました。


誰かがそれを思いつきでやる、他の誰かがそれを見て真似る、広がっていく。そして定着する。


ジョン・スコット(アシュタンガヨガのすごく有名な先生)が太陽礼拝Bをするのを見て、ナンシーが彼に質問しました。
「私はグルジからそのようには教わっていないけど、どうしてそうやるの?」
ジョンは、エーカムのウトゥカターサナに入るとき、まず先に膝を曲げて、それから両手を横から大きな弧を描くように上げていたそうです。やってる人、多いと思います。
そのときのジョンの答えは、

「かっこいいから」

イケてるウトゥカターサナへの入り方、ずいぶん広まりましたねー。そのやり方はジョンの思いつきですよ。


何でもかんでもオリジナルが一番いい!と思っているわけではないのですが、僕はやっぱりナンシーがグルジから教わったやり方を知りたいし、実践したい。
他のミックスアシュタンガとか、モテモテアシュタンガはいらないかな、と思います。


岡山空港で、今まさにヴィラバドラーサナBに入ろうとしている桃太郎を発見!
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2017年05月08日

明日からクラス再開です

岡山でのアジャストメント・クリニックが終わりました。
今回感じたことは、ナンシー先生・恵子先生・ツトム先生が大好きだということ。3人の作り出す雰囲気は、とても和やかで穏やかで、とても居心地がいいです。それはちょうど1年前にニセコで初めてこのお三方にお会いしたときに感じたものと、何も変わっていませんでした。

まだこの先生方に会ったことのない方には、ぜひとも会って欲しい。
何らかの理由でアシュタンガヨガから離れてしまった人にも、難しそうなイメージからアシュタンガヨガを敬遠している人にも。
故パタビジョイス氏が編み上げたアシュタンガヨガとはどういうものであったのかを知りたい人にも。

タイミングとか、巡り合わせとか、そういったものの妙に、唸らざるをえません。
僕は出会ってしまい、再会でき、また会いに行くでしょう。そして…

新たなミッションを得た僕は、自分の殻を破って「自分にはできない。やりたくもない」と思っていたことにチャレンジします。


明日の夜マイソールからスタジオミガクは再始動します。
よろしくお願いします。



イレギュラークラスのお知らせ

10日(水)は普段はお休みですが、クラスをおこないます。
10:00 『整えヨガ』
11:45 『アシュタンガヨガ Led half Primary + Mysore』




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